第二十九段 嫌だ嫌だ

 

「嫌だ、嫌だ」

「仕方がないじゃないか。人生なんてそんなものなのだから」

「嫌だ、嫌だ。大切な人達との別れが辛いんだ。こんなこと、許せる筈がない」

「仕方ないじゃないか。人は死ぬのだから」

「嫌だ、嫌だ。大切なものを手放すのが辛いんだ。こんなこと、許せる筈がない」

「仕方ないじゃないか。品物もいつか壊れるし、そもそもあの世には持っていけないのだから」

「嫌だ、嫌だ。忘れたくない。大切な思い出が消えていくのが怖いんだ。こんなこと、許せる筈がない」

「仕方ないじゃないか。脳は衰えて記憶はどんどん削れていく。大切な思い出も色褪せ始めているだろう。そんなもんだよ。割り切るしかないよ」

「嫌だ。嫌だ。昔会ったあの人達はどうなったのだろう。何処に行ったのだろう。幸せになったのか。もう死んだのか。死んだ後はどうなったのだろう。気になるのに今となっては確かめようがない。また会いたくても会えない。辛くてたまらない。こんなこと、許せる筈がない」

「仕方ないじゃないか。人は皆孤独な旅人なんだ。その時その時を精一杯生きて、死んでいくしかないんだよ」

「嫌だ。嫌だ。あの大切な物語を忘れたくない。僕が忘れたら、代わりに誰かが覚えてくれるのか。誰も覚えていなかったら、あまりにも、悲しいじゃないか。こんなこと、許せる筈がない」

「仕方ないじゃないか。世界とはそういうものなのだから。新たなものが生まれ続け、古いものは消えていくだけだ。それでいいじゃないか」

「嫌だ。嫌だ。大切なものが二度と戻ってこないなんて。こんなこと、許せる筈がない」

「うるせえっ、お前も消えるんだよ。安心して死ねっ」

「嫌だ。嫌もがぐぐぐぐ……」

 

 

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